最高裁判所第二小法廷 昭和45年(オ)282号 判決 1970年10月30日
主文
原判決を破棄し、本件を東京高等裁判所に差し戻す。
理由
上告代理人畠山国重、同星野卓雄の上告理由について。
原判決は、所論の甲第一一号証金銭借用証書につき、原審における上告人(原審控訴人)本人尋問の結果により上告人名下の印影が上告人の印章によるものと認められるから、その全部が真正に成立したものと認めるべきであるとし、これをその他の挙示の各証拠と総合して、上告人と被上告人とが、昭和三九年七月初旬ころ、金七〇〇万円の債務を目的とする準消費貸借契約および右契約上の債務の不履行を停止条件とする本件土地についての代物弁済契約を締結した旨の事実を認定しているのである。しかしながら、右各契約の成否に関する事実認定についての重要な証拠たるを失わない右甲第一一号証は、記録によれば、原審の第八回最終口頭弁論期日にはじめて提出されたものであり、これに対し、上告人代理人は、その成立を否認し、これが偽造書面であることを立証するためとして、右書面と乙第一号証とにおける上告人の署名の筆蹟の同一性についての鑑定の申出をしたところ、原審は、右申出を採用せず、同期日になされた上告人被上告人各本人尋問に際し右甲第一一号証を示しこれについての供述を求めたのみで、即日口頭弁論を終結したこと、その後も、同代理人は、甲第一一号証と乙第一号証における上告人の署名の筆蹟は明らかに異なるという趣旨の筆蹟鑑定書を添付し、これを書証として提出するなどさらに立証を尽くしたいとして、口頭弁論再開の申立をしたが、原審は、これを容れないで判決を言い渡し、判決中において、印影のみを肯定し署名を否認する趣旨の右上告人本人尋問の結果を唯一の資料として、甲第一一号証の成立の真正を前述のように認定したものであることが認められる。他方、原判決挙示の証拠を対照すると、甲第一一号証が提出される前には、被上告人の主張および証人、本人らの供述を通じて、そのような書面の存在に言及したものがなく、被上告人本人も本件各契約を口頭の約束と述べていたこと、原判決の認定によれば、昭和三九年七月初旬ころ、被上告人が上告人の訴外小西直之に対する二五〇万円の借受金債務を引き受け、かつ、新たに一〇〇万円を上告人に貸し渡す旨の合意がなされ、その結果、被上告人の上告人に対する総債権額を七〇〇万円と定めて本件準消費貸借契約が成立したというのであるから、同書面の作成日付である同年六月一六日当時には、その表示の七〇〇万円という債権額が定まるはずがないのみならず、右作成日付に関する被上告人本人の供述も一貫するところがなく、そのいうところはにわかに納得しがたいものであること、被上告人本人は、同書面作成の際は、上告人、被上告人、訴外伊藤誠ほか一名が立ち会い、伊藤がその本文を書いた旨供述するが、伊藤の第一審における証言は、本件準消費貸借契約締結の直接の契機となつた前示二五〇万円の債務の引受および一〇〇万円の貸与のことは後日聞いたにすぎない旨述べており、同人が右契約締結に直接関与するところがないと解する余地があること等々、右書証の成立の真正を疑わしめる事情も少なくないのであり、なお、右借用証書が存在しながら、停止条件付代物弁済契約に関する契約証書が作成されていない(これに基づく仮登記も、登記原因を証する書面が初めから存在しないものとして、申請書副本を添付書類としてなされている)ことも、また、本件各契約の成立の認定にあたり考慮されなければならない事情であるというべきである。
してみれば、このように、重要な書証について、その提出の経緯およびその他の証拠との対比からその真否を疑うべき事情が存するのであるから、原審としては、その成立を争う上告人にも反証提出の機会を与え、審理を尽くして右の疑問点を解明したうえで、その成立を判断すべきであつたというべきである。しかるに原審は、上告人に右の機会を十分に与えず、右疑問点について説示するところなく、前示のような経過のもとにたやすく真正に成立したものであると認めてこれを証拠として前示の事実を認定したのであつて、ひつきよう、原判決には、甲第一一号証の成立の真否に関し審理を尽くさなかつた違法があるものといわなくてはならず、右違法が判決に影響を及ぼすことは明らかである。論旨は理由がある。
よつて、原判決を破棄し、さらに審理を尽くさせるため本件を原審に差し戻すこととし、民訴法四〇七条一項に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 草鹿浅之介 裁判官 城戸芳彦 裁判官 色川幸太郎 裁判官 村上朝一)